気分じゃないの (Not In The Mood)

ニューアルバム「BADモード」での新曲で、今のところ一番抉られているのはこの曲です。初めて聴いた時には、繰り返し聴くのが怖いような、慄いてしまうような感覚すらありました。終盤に入っている息子さんの歌声(初めはエフェクトでいじったHikkiの声かと思った)、「できた」「OK? できた?」という息子さんとHikkiとのやり取り。それも微かに聴こえる程度で、もわぁ~という電子音の中へ消えていく。夢と現実を行ったり来たりしているような感覚で、確かにこれはいまHikkiと息子さんがレコーディングしたものかもしれませんが、この曲は何十年と年月が経っても聴かれているでしょう。大きくなった息子さんの目線で、夢のような微かな記憶、でもここには確かにあの日の自分とお母さんの声がする。そんな幼少期のイノセンスでしかない記憶。この歌は聴いているこちら側の深い記憶にもアクセスしてくるような、そんな破壊力があります。

 

Hikkiは幼少期から、お母さまである藤圭子さんの歌へ声を入れています。当時は嫌だったと振り返っていますが、今となってはそれがかけがえのない思い出であり、お母さんからの確かな愛情を、時を超えて感じているはずです。同じことを息子さんへもしてあげているんだなと思うと、感慨もひとしおです。そしてここから伝わる愛情というものは、宇多田ヒカルとその息子さんにだけあるものではなく、極めて普遍的なものだということ。誰しもが、誰かから誰かへ、自分からあなたへ、貰ったり伝えたことのある、肌で感じたことのある愛情が込められている。母親目線で書いた「あなた」という歌が、恋人同士や配偶者、はたまたファンから宇多田ヒカルへ、という想いすら感情移入できる歌になっているのと同じことですね。

 

歌詞についてはHikki自身もラジオなどで語っている通り、昨年12月28日の出来事をルポルタージュのように書かれているものですが、個人的には「♪私のポエム~ 買ってくれませんか~」のくだりで、高い声でそのポエムを売ってきた人のセリフのように歌い始めるのに、Hikki自身の行動である「♪ロエベの財布から出したお札で買った詩を読んだ」までがポエムを売ってきた人のセリフのメロディで歌われてるのが面白いなあと(笑)。Hikkiまでもそのポエムを売ってきた人に取り込まれてしまったような、そんな印象を受けました。

 

数回聴いているうちに抉られるような感覚は薄れてきて、単純に素敵な歌だなと思うようになってますが、初めのころに聴いていた感覚も忘れなくないと思い、いろいろ書いてみました。この歌がブツっと終わって「誰にも言わない」に繋がるのも一興です。「気分じゃないの」も含めて「誰にも言わない」んだなと。「♪今夜のことは 誰にも言わない」